【写真326枚】第32回東京国際映画祭 レッドカーペットセレモニーに豪華ゲストが登場! フェスティバル・ミューズの広瀬アリスがトップバッター!

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10月28日、第32回東京国際映画祭が六本木ヒルズアリーナにて華々しく開幕し、レッドカーペットセレモニーが行われた。

総勢401名のゲストがレッドカーペットを歩き、観客や取材陣 約2500名が六本木ヒルズアリーナを取り囲む中、最初にフェスティバル・ミューズを務める女優の広瀬アリスさんが登場。

広瀬アリスさんは「本当に晴れてよかったなとホッとしております。この映画祭で皆様にとって素敵な1本に出会えますよう。そして映画がもっと身近なものになりますよう、たくさんの方に映画の素晴らしさを届けて行きたいと思っております。」と挨拶。

「その瞬間、僕は泣きたくなった -CHINEMA FIGHTERS project-」から、EXILEと三代目J Soul Brothersとしても活躍している小林直己さんが挨拶を行い、「CHINEMA FIGHTERS project『その瞬間、僕は泣きたくなった』というタイトルで5編の短編小説を素晴らしい監督の皆さんとスタッフチームで作らせて頂きました。5編それぞれのストーリーが有る中で、必ず皆さんが共感できる物語が有ると思います。」とコメント。

「HUMAN LOST 人間失格」から、声優の宮野真守さんが挨拶を行い、「この作品は太宰治の有名な人間失格を原案に日本が打ち出すダークヒーローものです。かなり激しいアクションです。エンターテインメント作品になっております。皆さんの心に突き刺さること間違い無しです。」とアピール。

「フォークロア・シリーズ『母の愛』『TATAMI』から、斎藤工さんが挨拶を行い、「毎年参加してる映画祭に監督作として戻って来れたこと、そして素晴らしい北村さん(北村一輝)、神野さん(神野三鈴)という主演女優・男優のお二人と来れたこと、そしてジョコさん(ジョコ・アンワル)、アジアを代表する監督と(ステージに)立てることを心から誇りに思います。」と挨拶。

「ひとよ」からは佐藤健さんが挨拶を行い、「このような素敵な場所に呼んで頂いて大変光栄です。映画『ひとよ』、我々兄弟を演じました。是非よろしくお願いします。」と挨拶。

「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」から、のんさんが挨拶を行い、「今日はこのような映画の祭典に呼んでいただいて本当に嬉しいです。私の中でとても大切な作品になっていて、観ていただける機会ができて、とても嬉しく思っております。」とコメント。

「男はつらいよ お帰り 寅さん」から、山田洋次監督と倍賞千恵子さんが挨拶。山田洋次監督は「お久しぶりに東京国際映画祭に参加しました。多分15年ぶりじゃないでしょうかね。オープニング上映に僕の作品が選ばれて大変光栄に思っております。俳優さんたちと懸命に作り上げました。主役の渥美清さんが、今ここにいないのが残念ですけれど、渥美さんも一緒に僕はこの映画を作ったという思いがしております。」、倍賞千恵子さんは「私は初めて東京国際映画祭に出席させて頂いたんですけど、入ってくるのはどこの国かなと思いながら入ってきました。“お帰り 寅さん”50年前に撮影が始まって、23年ぶりに50作目として、12月の27日に封切られます。生前、お兄ちゃん(渥美清)がよく言ってたんですけれども、“俺は長い長い映画を撮り続けているような気がする”って言ってました。でも、50年かけて“男はつらいよ”をずっと撮り続けて、やっとこないだクランクアップしたなと思っています。途中、私はいつか死んじゃうんじゃないかなと思いながら、自分でも心配しながら一所懸命作りました。どうぞ皆さん映画館に足を運んで観ていただけたらなと思っております。」と挨拶しました。

「男はつらいよ お帰り 寅さん」は、レッドカーペットセレモニーが終わった後に、EX THEATER ROPPONGIにてオープニング上映が行われ、キャスト陣が勢ぞろい。

山田洋次監督は「今から50年前の8月に寅さんシリーズの第1作が上映されました。その時まさか50年後に晴れがましい場所で、第50作目を上映することになるなんて夢にも想像してなかったわけです。50年かけて作った映画なんだと、そのことだけは僕は自慢していいんじゃないかと思ってます。そんなことを念頭に置いて観てください。」と挨拶。

倍賞千恵子さんは「私も50年かけてこの映画の中でさくらをずっと演じて参りました。私はこの映画の中で、社会とか世間とか、そして演じることを学ばせて頂いたなと思っております。お兄ちゃんからもいろんなことを教えてもらったんだけども、お芝居を教えてもらったという記憶は全くありません。お兄ちゃんはいつも“バカだなぁ”と言われる立場だったんですけれど、私にとっては人間として何が大切かということを教えてくれた人だとずっと思っております。撮影の間中もどこかでお兄ちゃんが見ていてくれるんではないかなと思って、そして生きてきたことに感謝しながらこの映画を撮り終えました。」と語っていた。

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