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背を向けた39人の天使たちが意味する所は・・・『十五少女』が、主人公の目に「今日だけは」美しく見える日常に込められた願いを謳う独唱をリリース!

15人の仮想少女からなる『十五少女』の最新シングル「今日だけは。」が、本日リリースされた。今作は、終わらない夏の終わり:8月32日に発売が予告されているE.P.「HATED」からの先行シングル第3弾となっている。

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十五少女「今日だけは。」
Listen to content by 十五少女.

作詞・作曲を手掛けた『かいゑ』は、標準的な数分という時間のみを擁する楽曲の中で壮大なドラマを描く新進気鋭のボカロP。彼の作品を聴き終えたリスナーの心には、宮沢賢治の長篇の読後感、あるいは、映画館を出た直後に感じる眩し過ぎる日常への過敏な倦怠感のような “何か” が去来する。

今作の音楽性を、あえて、例えるなら、印象派の油絵と現代的なグラフィティの両方を併せ持った分類不可の自画像のようだ。一部にトラップビートを用い、主旋律にはR&BやHIP-HOPの要素も感じさせる一方で、ピアノを中心に据えたオーケストレーションは、畏怖と憧憬が行き交うように配置されている。かいゑの楽曲は常に孤立さえ帯びた独創に終始している。

そして、詞世界・・・物語は、学校の階段を屋上へと駆け上っていく主人公の一人称視点から始まる。

作中に「下駄箱から降る埃のような粉雪」という表現が登場するが、それはきっと『粉雪のような埃』に過ぎず、おそらく主人公の普通が普通ではなく過酷だった証として書かれている。今日だけは、その普通(の景色)が幻想的なまでに美しく見える理由は、主人公が、何かのきっかけで人生に希望や救いといった光を見出したからなのか、それとも、全てを終わらせる決心をしたからなのか・・・その答えは、作中では描かれず、聴く人に委ねられている。

「HATED」というシリーズ・タイトルは『DEATH』のアナグラム(並べ替え)になっており、時に理不尽な死を真正面から嫌悪するというテーマが込められている。だからこそ、今作の主人公が「星や鳥だった頃を思い出す」と自身に言い聞かせながら、軽やかに登っていく階段が、天国ではなく生へと続く道だと信じたい。

アドレスを知っている人だけが見ることのできるリーク(情報漏洩)ビデオでは、フルバージョンを聴くことができるので、是非、その歌詞にも傾聴しながら観て欲しい。

上記の映像やジャケットに使用された大胆不敵で緻密なビジュアルは、人物を象(カタド)るシンプルな線とエキセントリックな視覚エフェクトを駆使した次世代デジタルアートで、国内外から大きな注目を集めるアーティスト『ケイゴイノウエ(キャラクターデザイン)』と、自らをヘッズとオタクの間で揺れると称し、ストリートとインターネットカルチャーを自由自在に行き交うデザイナー/タイポグラファー『ゆうたONE(グラフィックデザイン)』のタッグによるもので、多くビッグフェスでVJとしても活躍する『丹羽孝友(propographic)』が映像監督を務めた。

十五少女が歌うのは、大仰なメッセージでも理想的な愛でもない。多感な時期を普通に生きる若者が感じている「言い様のない不安」や「行き場のない焦燥」など、ありきたりに見えて、なかなかハードな日常の機微に寄り添った『ミクロ・ミュージック』と呼ばれる些細な大事だ。

今後、夏の終わりに向けて、5作連続でリリースされていく「HATED」シリーズ。その旅路の先にあるのは、絶望か希望か・・・死というある種のタブーへと冒涜的にも迫る十五少女の代弁から、耳が離せない。


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