くまモンプロデュースの「人吉・球磨」応援企画「みんなサンくま」プロジェクト。「蓄音機による『旅愁』SP盤試聴会」を犬童球渓記念館にて開催。「人吉 球磨は、みんなのこころのふるさとなのかモン?」byくまモン

©2010熊本県くまモン

100年に1度と言われる令和2年7月豪雨により球磨川が氾濫し、甚大な被害を受けた熊本県人吉・球磨地域。

まだまだ傷跡は残るが、全国の皆様の温かいご支援を受け、地元のみなさんは、本格的な復旧・復興に向けて、元気に頑張っている。

そんな「人吉・球磨」を応援したいという思いから、熊本県営業部長兼しあわせ部長であるくまモンが一念発起し、自らがプロデュースする人吉・球磨地域応援企画『くまモンの「みんなサンくま」プロジェクト~人吉・球磨は元気だモン♪~』を立ち上げた。

6月16日(金)予告MOVIE第1弾公開、6月25日(金)特設サイトオープンに続き、7月4日(日)18:00、特設サイト上で予告MOVIE第2弾を公開。18分に及ぶ映像には、くまモンが人吉、球磨をめぐり、たくさんの方と触れあい、人吉を代表する名曲「旅愁」にめぐりあい、「みんなサンくまプロジェクト」を立ち上げるに至った経緯を収録。イベントへの期待が高まる出来栄えになっている。

そんな中、『くまモンの「みんなサンくま」プロジェクト』の一環として、7月22日~25日の4日間、開催される「蓄音機による『旅愁』SP盤試聴会」に先駆けて、7月16日(金)、関係者及び取材者対象の「旅愁SP盤試聴会」が人吉市の犬童球渓(いんどうきゅうけい)記念館で開催された。

まずは司会に呼び込まれて、本企画のプロデューサーであるくまモンが登場。司会から、「『みんなサンくまプロジェクト』には、『旅愁』という歌が大きく関わっていること」「『旅愁』は、熊本県人吉出身の詩人である犬童球渓が、故郷を思って明治40年に作詞した歌で、2007年に「日本の歌百選」にも選ばれた日本を代表する歌であること」「長い歴史を持つ人吉や球磨を巡りながらこの歌を聴くと、とても郷愁を感じるって言われていること」と説明すると、くまモンは、フリップで 『人吉 球磨は、みんなのこころのふるさとなのかモン?』と答え、人吉、球磨を体現している「旅愁」の素晴らしさを伝えた。

©2010熊本県くまモン

ここから試聴会がスタート。今回のイベントにSP盤と蓄音機を提供した日本初のレコード会社、日本コロムビア株式会社のスタッフがSP盤、そして蓄音器についての説明を行い、蓄音機のターンテーブルにSP盤をのせると、くまモンも蓄音機のサドルを回し、お手伝いをした。

1曲目は、1950年(昭和25年)収録、熊本民謡の代表格とも言われる「おてもやん」(唄:赤坂小梅)、2曲目は1932年(昭和7年)収録、犬童球渓作詞による「故郷の廃家 (こきょうのはいか)」を試聴(唄:宮川美子)。

最後に、1934年(昭和9年)収録、関種子歌唱の「旅愁」を試聴。昭和初期と同じ、電気を使わない優しい蓄音機の音で、会場はノスタルジックな雰囲気に包まれ、豊かな歴史を誇る人吉、球磨の風景が参加者の脳裏に浮かぶ。

試聴後、日本コロムビアのスタッフから、「当時のコロムビアの歌手たちは、こぞって『旅愁』を歌唱し、たくさんのSPレコードを吹き込みました。現在でも、鮫島有美子さんや安田祥子さん・由紀さおりさんをはじめ多くの声楽家たちが「旅愁」を好んで歌っています。SP盤だけでなく、アナログ、そしてCD、配信の時代になっても、旅愁は生き続けていくのだなと思います。わたしは、SP盤の旅愁が大好きですが」とコメント。

最後に、犬童球渓記念館の館長、鶴上寛治(つるかみかんじ)さんから「今回の企画が、昨年7月にこの地を襲った未曾有の大水害から故郷を盛り返そうと復興に日夜取り組んでいる人吉、球磨の人達にとって、大きな励ましの力になるものと思います」とのお礼の言葉でイベントは締めくくられた。

©2010熊本県くまモン

『くまモンの「みんなサンくま」プロジェクト~人吉・球磨は元気だモン♪~』は7月25日(日)まで開催。

「蓄音機による『旅愁』SP盤試聴会」は、22日(木)から25日(日)までの4日間、会場をひとよし森のホールに移し、くまモンをゲストに迎え、計6回に渡り開催。

最終日の25日(日)は、子どもたちを中心に人気の「ケロポンズ」や、シンガーソングライター「つじあやの」を迎えて、「くまモン・ミュージックフェスティバル」を開催。もちろん、くまモンも出演予定。

「くまモンの「みんなサンくま」プロジェクト ~人吉・球磨は元気だモン♪~」情報

日程:2021年7月22日(木)~25日(日)

会場:熊本県人吉市 各イベントスペース

※「みんなサンくまプロジェクト」特設サイトhttps://www.kumamon-sq.jp/thankuma/

SP盤について

SP盤はSPレコードとも呼ばれるが、1987年にドイツ出身のアメリカ人発明家のエミール・ベルリナーが発明したもので、それまでのエジソン式の円筒型レコードではできなかったプレスによる大量生産を可能としたレコード。

日本では、日本コロムビアの前身である日本蓄音器が、1910年に国産のレコードを発売。再生時間は片面3分程度なので片面に1曲くらいしか収録出来ないが、当時としては画期的な商品で国内外に広く普及した。

その後、戦後の1951年に登場したLPレコードに置き換わって行き、日本コロムビアでは1959年に生産を終了したが、明治・大正・昭和の戦後と半世紀以上に渡り、貴重な歴史的音源を数多く後世に残した。

蓄音器について

蓄音器は、レコードの回転にゼンマイを使い、レコードの溝に刻まれた音の再生でも、一切電気を使わない。

蓄音器というと、大きなラッパがついているイメージがあるが、今回使用したモデル(G-241)は、ポータブル型といわれているタイプで、ふたをしてコンパクトに片付けることができ、持ち運びしやすいのが特徴。

1951年(昭和26年)にポータブル型としてはコロムビアが最後に製造したもの。

このG-241が発売された1951年は、日本コロムビアが日本で最初にLPレコードを発売した年である。

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